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高松高等裁判所 昭和38年(う)417号 判決 1964年5月13日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は記録に添付する弁護人徳弘寿男作成名義の控訴趣意書に記載の通りであるからこれを引用する。

控訴趣意第一点について。

論旨は、本件は強姦未遂罪を以て起訴しながら起訴状にはその罪の構成要件である故意即ち、強いて姦淫する意思の記載を欠き又全文言よりもその趣旨を窺知することができず、結局起訴状にはその記載自体より判断してその事実が真実であつても強姦未遂罪は勿論その他何等の罪となるべき事実を包含していないから、本件公訴は不適法で、刑事訴訟法第三三九条第一項第二号により棄却さるべきものであるに、その措置に出なかつた原審判決は違法で同法第四〇三条第一項により破棄を免れぬと主張するものであるが、本件起訴状には、公訴事実として、その記載の順序は異なるが要するに、被告人はその当時一七年のA子に暴行を加え反抗を抑圧して姦淫しようと決意し、同女に抱きつきシートの上に押えつける等の暴行を加え強いて姦淫しようとしたが、同女の抵抗にあいその目的を遂げなかつた旨記載しており、該事実はその罪名及び罰条として掲記する刑法第一七九条第一七七条の強姦未遂に該当し起訴状の記載に所論の如き違法な点はなく、従つて原審が本件起訴を適法なものと判断し審理判決した措置は相当で、本論旨は採用することができない。

控訴趣意第二点について。

論旨は要するに、被告人はA子を強いて姦淫する意思は無く、同女の言語挙動より判断すると被告人がしつように働きかけるときは情交の求めに応ずるものと考え、同女に強引に情交を迫つたが拒絶されたためこれを断念したもので、これに反し強姦の犯意を認めた原審認定は事実誤認であると主張するものである。原審記録及び当審の証拠調の結果認め得る、A子がまだ一面識もない被告人に自動車に便乗を許されたとは言えその車中で自己の職業、勤務先は勿論家庭事情まで詳細事実通り話し、手を握られてもそれを振り払おうとせず手膚の荒れている理由の説明までなし、予定の帰宅時間が相当遅れるのに被告人に誘われる侭に共に時間を過すことを承諾し、その行先を自から桂浜と指定し、桂浜で被告人から食事の提供を受け、帰途車中で最初は拒絶したが、接吻を許し、その後求められるままに度々接吻し、その中一度は抱き合つて接吻し、嫌がりながらも乳房に接触吸引させたが、爾後被告人が同女の強い拒絶により、飜然として情交を断念した後も、急ぎ車より降りようとせず帰宅場所まで送つて貰い、その間被告人の求めに応じ、自己の煙草に火をつけて渡し、目的地で降車後謝礼の言葉と共に実兄より記念品として貰い首にかけていたネツクレスを被告人に渡したこと、同女は昭和三八年一一月一一日検察官に対しネツクレスは被告人より強姦されようとしたので証拠を残すため渡したと供述しながら、被告人において同女よりネツクレスを貰つている旨警察官に供述するまで捜査官にもまた肉親にもそのことを話していないこと、並びに被告人の原審及び当審における供述その他一件書類によると、被告人は元勤務先の甲会社の社用で、日産普通貨物自動車(仮、神、五〇四号)を運転して高知市に向け陸送中判示一一月四日午後一時半頃徳島県大歩危附近路上で、同女(当一七年)を同車に便乗させ運転中、その軽薄な言語挙動に興味を持ち同女と行を共にし旅先の一日を楽しもうと考えて誘つた処、同夜八時までに帰宅できればよいからと承諾し同女の発案で桂浜に遠乗りすることになり、六時一五分頃桂浜に着き同所で共に食事した後、被告人は同女が煙草を吸つているのを認めそれまでの言動と合せ同女は所謂組みし易い女と考え、劣情を催し帰途桂浜より程遠からぬ地点で接吻を求めた処同女は最初は拒絶したが遂いに応じ、高知県香美郡赤岡町国道五五号線通称平井山カーブ附近に至るまでの間度々接吻に応じ、一度は抱き合つて接吻することもあつたので被告人の劣情は益々つのり、しつように働きかける時は情交にも応ずるであろうと考えるに至り、同日午後八時三〇分頃右平井山カーブ附近に車をとめ情交を求めた処拒絶されたが強く情交を求めいる時背後より車が近附いたので一旦同女から身体を離し自己の車を走らせその場を去つたが欲情納らず更に強く情交を求めれば、結局応ずるであろうと考え、同郡野市町東野一九八〇番地附近空地に車を停め、再び抱きつき運転席シートに押えつけて情交を求めた処それには応ずることはできないが乳房は許す旨応えたものでこれに接触吸引する中益々劣情が増し手を局部に廻そうとした時激しく抵抗し泣き出し到底求めに応ずる意思がないことを覚知したので、ここに合意の情交を断念し、同女を約束通り帰宅場所まで送り届けたことを認め得べく、以上被告人の所為を総括判断するときは、被告人が同女の意思に反してまで情交を遂げようとの意思即ち強姦の犯意を有していた事実は本件証拠によつては未だこれを認めることができない。

右の次第で強姦の犯意を認めた原判決は事実誤認で、その誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから爾余の論旨に対する判断を俟つまでもなく原判決は破棄を免れず、刑事訴訟法第三九七条により原判決を破棄し同法第四〇〇条但書に則り直ちに判決する。

本件公訴事実は起訴状記載の通りであるがその強姦の犯意を認むべき証拠が十分でないので被告人に対し同法第三三六条後段により無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 横江文幹 裁判官 小川豪 裁判官伊藤俊光は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 横江文幹)

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